
6日目
学習棟B棟
このオペレーションも残りあと1日という節目を迎えてきた。
これまでの成果は――――全く無きに等しいだろう。
天使は普通の優等生で、人離れした場面などに直面することはなく、それらしい戦果などほとんど無い。
強いて言えば明日で完成する天使の一週間のスケジュールくらいだ。
全く役に立たないとは言わないが、ほとんど役に立たないだろう。
遊佐「今のところ問題はありません。引き続き天使を監視します」
隠し持った愛用のインカムで華々しい戦果を期待していると思われる我らがリーダーに状況報告をした遊佐さんは、 手早くインカムを鞄にしまいながら、何事もなかったかのような平然とした立ち振る舞いをした。
ここ最近は初日の頃よりか、随分打ち解けたような気がする。
遊佐さんも以前ほど刺々しくないので、流れとしては良い方向なのだろう。
後は今日を乗り越えて明日の一日を耐え切れば完遂だ。
まぁ、特別なにかあったり、あるような気配もないので、なるようになってくれるだろう。
遊佐「……ところで質問なのですが」
……?
今とても珍しいことが起こった。
オペレーション意外では基本無口の遊佐さんが質問をしてきたのだ。
これは珍事と言ってもいいだろう。
遊佐「……あなたは本当に記憶がないのですか?」
…………。
記憶……確かにそんなモノは自分には備わってないな。
この世界での記憶―――――それが今の自分の全てだ。
だから自分が生前何者で、なんで死んだかは知らない。
遊佐「そうですか。……失った記憶を思い出したいとは思わないのですか?」
……………………。
一切思わない。
…………………………………………。
思い出してどうする? 別にどうこうできるものでもない。それに自分のことだから、大した人生など送っていたとは思えない。
それはこの世界でも同じであり、この先ここでもただ『なるようになっていく』ようにと日々を送っていくだけだ。 自分はその程度の――――人間なのだから。
遊佐「…………………………」
パンッ!
不意に甲高く、何かが弾けるような音が響いた。
その音は教室に響き渡り、周囲にいたNPCの学生たちが驚きのあまり、こちらに注目した。
例えるなら、体育や運動会などでリレーとかでスタートの合図に使う火薬鉄砲の音だ。
それに近い音がした。そして音の後から、自分の頬から痛みがジワリと広がっていく……。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、それも一瞬。
すぐに自分が遊佐さんに平手打ちをされたということを認識した。
……………………。
遊佐「…………あなたのそういうところが………………嫌いです」
それは対立だった。
……………………。
彼女には彼女自身の考えがあり、自分には自分なりの考えがある。
ただそれが理解し合えなかっただけのことだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただひとつ言えるのは―――――
遊佐「………………何故、何も言わないのですか?」
それに対して反論する気もなければ賛同する気もない――――それだけだ。
…………………。
遊佐「……もういいです。少しは見直していたのですが……残念です」
……!?
失望の言葉を残した遊佐さんはオペレーションを忘れたのか、突如として席から立ち上がり足早に教室を出て行ってしまった。
その場にポツンと残された自分は周りの良い見せものだった。
皮肉にも監視対象の天使からも注目を浴びてしまっていた。
………………。
周囲の連中から『このままでいいのかよ?』『追わないの?』『あきらめるのかよ?』といった感じの視線が突き刺さってくる。
…………。
無論追う気などない。
これが自分の結論であり答えだ。
周りの意見などに興味はない。
ただなるようになっていけばいいと思う――――それが自分だ。
*
結局、遊佐さんはその後教室には戻って来なかった。
残された自分はそのまま天使の監視を継続し、放課後、天使が寮へ帰っていくのを確認すると、人にバレないように 女子寮に忍びこみ、遊佐さんの部屋へ向かった。
本日もそれらしい戦果なし。
明日でこのオペレーションも最後だが、とても歯切れの悪い終わり方をするのだろうなと予感した。
………………。
部屋の鍵は開いており、施錠されて入室拒否というオチはなさそうだ。
…………。
というわけで入った。
!?
遊佐「………………」
目の前に遊佐さんがいた。
………………。
チャームポイントのツインテールを下ろしてストレート姿の遊佐さん。
遊佐「………………」
しばらくお互い見つめ合う。
………………。
さて、ここで問題が発生した。
この状況下、本来問題がなければそのまま靴を脱いで入室して荷物を下ろして色々と身支度をするのだが……。
視線の先の相手がバスタオル一枚だけを身体に巻いて、あまつさえ石鹸の匂いが香り、うっすらと湯気が見えるこの姿。
この場合、どう対応すればいいのだろうか?
遊佐「………………」
…………。
何の動きもないまま見つめ合っていると、痺れを切らした遊佐さんは何事もなかったかのように脱衣所の方へと引っ込んでしまった。
遺憾ながら最初に会った時よりも気が重い。
………………。
その後も遊佐さんとはギスギスとしており、一切の会話もないまま眠りについていった。
七日目
女子寮
……………。
オペレーション最終日、珍しく自力で早起きをした。
今まではこんな早朝に起きることなどまずありえなかった。
ここしばらく遊佐さんに散々起こされていたにも関わらず、今日は一人で起きれた。
それもこんな早朝に。
これならいつもより気軽に女子寮を出れそうだ。
それもこれも遊佐さんのおかげだろう。
彼女がいたからこうやって早起きも出来たのだろう。
今となっては早起きが習慣になりつつあった。
………………。
だが、その場に遊佐さんの姿はなかった。
模範の制服と鞄、靴が無いところ見ると、既に学園に行ってしまった後なのだろう。
どうやらまだ怒っているようだ。
……。
ただ唯一、テーブルの上に朝食用に置いておいてくれたのだろうと思われるあの銀色のパックのゼリー飲料が二つ置いてある。
わざわざ二つも置いていくというのは何か意図があるのだろうか?
置いてあるパックを手に取ってみる。
【朝めしゼリー 麻婆豆腐味(激辛)】
………………………。
……これは朝めしではないだろう。
ますます謎を呼ぶこのゼリー……。
まさかとは思うが、これも怒りの表れなのだろうか?
両方とも麻婆豆腐味(激辛)なのだ。
……?
気付いたのはその時だった。
タンスの上に置いてある物――――遊佐さんの愛用しているインカムだ。
オペレーション初日から三日頃までは部屋に置いて行っていたのだが、以降は定時連絡等のために鞄の中に入れて所持をしていたはずだ。
いつもより早く出て行ったからついうっかり忘れてしまったのだろう。
…………。
もしかすればこれを持って行ってあげれば少しは遊佐さんの機嫌が良くなるのではないだろうか?
浅はかな考えだが、きっかけとしては悪くないと思える。
………………。
選ぶべき選択が決まったのでソレを実行する。
タンスの上のインカムに手を伸ばす。
…………。
……それに触ったら絶対に許しません――――
これは戦線の支えであり私の支えでもあります――――
…………。
結局、インカムに触れることはなかった。
これを持っていったところで、遊佐さんが機嫌を直すとも限らない。
……………………。
そもそも、何故そんなに遊佐さんの事を気にしなければならないのか?
『なるようになっていく』そんな自分の考えとは相反する行動ではないか。
矛盾する自分に苛立ちを覚えるも、これ以上考え込んでは時間がなくなってしまうので早々に準備を済まして学園に向かうことにした。
この後、口の中をヒリヒリさせながら学園に登校したのはもはや語る必要あるまい。
学習棟B棟
天使が現れるのを見計らって後ろからコソコソと尾行しながら登校して来たものの、案の定遊佐さんは教室にいた。
まだ人気の少ない教室には自分と遊佐さん、天使の三人のシルエットが目立つ。
遊佐「………………」
口も開かなければ視線すら動かさない遊佐さんの姿は人形のようだった。
どことなく重い空気が漂う中、オペレーションの最終日が幕を開けていった。
*
学園大食堂
今日でこのオペレーションも最後という華々しいクライマックスを控えているというのに何故ここまで空気が重いのだろうか?
この昼休みの時間までの間、天使の監視は相変わらず無意味に等しく、形式上パートナーである遊佐さんのご機嫌はななめだ。
ここまでの道のりはなんだかんだでスムーズだったのだが、ここに来て一気にガタ落ちになった。
今もこうして一人で昼食をとることになっている。
遊佐さんは随分離れた席の方から天使を監視している。
一度接触を試みてみたが、冷たさすら感じるほどの無表情な顔でこちらを見てきたので居るに居られず引き下がって来て現在の位置に至る。
さっさと食券を買って昼食と洒落こみたいのだが一つだけ問題があった。
………………。
手のひらに収まっている【朝めしゼリー 麻婆豆腐味(激辛)】。
一つはなんとか朝処理したが、流石に二つ目は出来なかった。
そしてこれはもう自分では処理できるほどのシロモノではない。
想像以上に辛いのだ。
この一週間の内に食した不可思議ゼリーのシリーズの中では一番のハズレと思われる。
かと言って捨てるという選択肢もためらう。
これを今となっては強行策だが昼食として処理するか、そのまま食券を購入して処理を一旦保留にするか。
二択の中では後者が有力とみなしているが所詮は付け焼刃。
いずれは何とかせねばならない。
意を決してゆりっぺに一服盛るか、はたまた奇襲戦法で大山君に押し付けるか……。
色々な意味で追い詰められつつあった。
………………?
今ふと気づいたのだが、妙に周りが騒々しい。
なにやら周囲が慌ただしいのだ。
気になったので近くにいたNPCの学生に聞いてみる。
…………?
学生「ああ、なんか女子寮で火事が起きてるらしいぞ!」
……!?
女子寮で……火事……?
学生「原因はわかんないけど、先生たちが大慌てになってるんだって。結構火の回りがやばいらしい」
…………。
なんとも不思議な話だ。
こんな死後の世界でも火事なんていう災害が起きるとは考えもしなかった。
どうせ火事が起きても誰かが死ぬわけでもないし、寮が全焼してもしばらくすれば元通りになる。
この世界はそういうシステムになっている。
……………………。
いくらシステムとはいえ、寮という施設は元通りになるが、そこに住んでる学生たちの私物は元に戻らないのではないか?
特に戦線において作った物――――武器とか通信機。
土くれから創り上げたあれらの物は元に戻る保証がない。
……!!
時既に遅しだった。
いつの間にか遊佐さんの姿はなかった。
今朝のインカムの一件があるので怪しい事この上ない。
これは戦線の支えであり私の支えでもあります――――
…………!!
やむなく女子寮へ急行することにした。
女子寮
そこはまさに騒然としていた。
女子寮は全体の約3分の1ぐらいが火に飲み込まれており、澄み渡る青空を黒煙で黒く覆い尽くしている。
周辺では学生や教師があたふたとしており、なにか忘れ物でもあるのか、寮へ駆け込もうとする女子生徒を教師が必死なまでに制止している。
ここまで燃え渡ると、普通なら学園だけじゃ対処しきれないな。
死後の世界には消防機関などあるのだろうか? などと考えて微笑を浮かべてしまった自分がいた。
教師「駄目だ!! これ以上は近づくな!!」
遊佐「どいてください。邪魔です」
………………。
予想は的中したようだ。
ちょうどいい感じにどこぞの先生が足止めをしてくれている。
さてさて、この後どうするか……。
遊佐「これ以上邪魔をするのでしたらこちらも容赦しません」
教師「何を言ってるんだ!! だからって見過ごす教師がどこにいる!?」
…………。
先生が正しい。
っと言うわけでさっさと済ませることにしよう。
幸いにも現場は女子寮であって男子に対する教師の警戒は手薄だ。
男子で燃え盛るあの中に突入したがるのはただの変態か自分のようなド変態だろう。
…………。
野次馬に紛れ込んで徐々に女子寮へと近づいていく……。
気付く気配はない。
なら後は簡単だ。
……!!
女子寮目がけて全力疾走するだけだ。
教師「!? おい!! 待て!!」
遊佐「!?」
後から数人の教師が追って来る。
だが完全にタイミングを逃しており、振り切って女子寮へ突入するのは造作もなかった。
…………!?
女子寮は幸いにもまだ完全に火の手が回ってはおらず、遊佐さんの部屋がある階層と区画はまだ無事だ。
とはいえ、あまり長居をするには厳しいということに変わりはないので、急いで遊佐さんの部屋へ向かう。
…………。
火の手が回ってはいないものの、煙が立ち篭めており、行く手を阻む。
……。
全く人気がない所を見ると、どうやら中に人は残っていないようだ。
時間帯が時間帯だから当然か。
昼休みの時間帯に下校している生徒などいないだろうし、よくても寮の管理人か欠席して休んでる生徒くらいだろう。
まぁ、この世界で欠席という行動をする生徒が戦線メンバーを除いてNPCの生徒でいればの話だが……。
………………。
くだらないことを考えているうちに遊佐さんの部屋の前に到着した。
施錠はしてあるので、手早く合鍵で扉を開けて土足のまま部屋に上がりこんだ。
………………。
部屋に入って真っ先にタンスの方へ向かう。
……。
タンスの上に置いてあったインカムは無事のようだった。
ついでに遊佐さんの戦線の制服も壁に掛けられている。
…………。
後は回収してここから脱出すればいい。
簡単なことだ。
…………。
しかしどうにも様子が変だ。
さっきより煙の量が増えているような気がする。
視界がほとんど見えなくなり始めている。
そして外から聞こえる野次馬の声はより一層大きくなっている。
時には悲鳴すら聞こえてきている。
………………。
嫌な予感がして部屋の窓を開けて外の様子を見てみる。
……!?
予想外だった。
火の回りが異常なまでに速い。
いつの間にか寮の半分以上を飲み込んでしまっている。
寮の入り口も完全に火の海の中だ。
こっちに来るのも時間の問題だ。
……!!
長居は無用。回収するものを回収して早々に引き上げる。
入り口は駄目になってしまったから、火が回っていない非常口から脱出するしかない。
急いで扉を開けて外に出る。
……!!?
だがこの脱出プランは五分もかからずに脆くも崩れ去った。
最悪の事態。
火は既にここまで来ていた。
部屋を出ると、そこは赤々と高熱を発し燃え盛る炎の群集だった。
……!!
耐え切れず部屋に引き下がって扉を閉める。
………………。
まいったなぁ……。
完全に詰んだ。
出口は一つ、外は炎。
窓から飛び降りるには高さがある。
ここまで来て回収したものがダメになるだろう。
すなわち、ここが終の棲家ってやつかな?
……………………。
『なるようになっていく』結末がこれかぁ……。
死ぬことはないけど、やっぱ死を二度も三度も体験するのは御免だ。
これから『焼け死ぬ』って死を体験をする羽目になると思うと自暴自棄になりそうだ。
…………。
火はやがて部屋の中まで侵入してきて、部屋の内装を黒い消し炭に変えていこうとしている。
目の前に赤々と燃える炎が徐々に拡大していく。
その光景を、ただ目に焼き付けるしかなかった。
………………。
……あなたは本当に記憶がないのですか?
………………。
……失った記憶を思い出したいとは思わないのですか?
………………。
…………あなたのそういうところが………………嫌いです――――
………………!
あ………………………………………………………………………………………………思い出した。
記憶――――生きてた頃のオレの記憶……。
…………………………。
は、ははは……。
バカなんだよなぁオレ……。
ほんとにバカだわ。
柄でもないのに結婚まで約束した彼女のためにアホなまでにバイトして貯めた金でプロポーズのための指輪を買ったんだよ。
学生の時だぜ?
どんだけ気がはえーんだよ! って思うわ。
だけど、指輪買ったその日の夜中、家が火事に巻き込まれてさ……。
なんとか飛び起きて家から出たんだけど、後で指輪がまだ部屋にあることに気づいてさ……。
急いで引き返して指輪を取りに行ったんだけど、指輪を見つけたと同時に部屋が火に塞がれたんだ……。
まぁ、後は煮るなり焼くなり好きにしろってオチになっちまったってわけだ……。
ほんと……バカだったんだよ。
……いや、今もバカだな。
それだけじゃない。
結局お互い相思相愛のカップルかと思ってたけど、彼女の方にはもう一人彼氏がいたんだよ。
しかもそっちの彼氏が本命。
彼女からすれば、オレは都合の良いお財布だったってわけだ。
それに気付いたにも関わらず、その指輪のために戻って死んだんだぜ?
なんでそんなバカかましたのか、今ではわかんねぇや。
どの道わかっていたなら今こうやって同じことを繰り返すわけがないだろ。
しかしムカつくんだよなぁ……遊佐さんのインカムを持ち出すことに失敗したのに自分の記憶が蘇ったことに満足感を覚えている自分が……。
…………。
そろそろやばいな……酸素が薄くなってきた……。
多分もうそろそろ死ぬな……。
あと……で…………遊佐……さん……に…………あやまらない………………と…………。
………………。
意識が完全に飛ぶ直前、誰かがやって来る姿を見たような気がする。
………………。
………………。
*
………………。
………………。
………………さて。
こうやって意識があるところを見ると、もう蘇生したということなのだろう。
きっとしっかり中までこんがりウェルダンに仕上がって死んだんだろうな……。
なにより、消し炭になったインカムを見るのが心苦しい。
とはいえ、このままジッとしている訳にもいかないので恐る恐るにまぶたを開いていく。
天使「………………」
………………。
そこには――――天使がいた。
言っておくが、お伽話とかに出て来る絵に描いたような天使じゃない。……いや、似たようなもんか?
我が戦線の最大の敵である――――あの天使だ。
彼女からは敵意などなく、無表情ながらもどこか優しげな表情で見下ろしている。
その辺はどことなく遊佐さんと似ている気がした。
……!?
とっさに飛び起きた。
いつの間にか天使に膝枕をしてもらっていたらしい。
どうりで気持ちが良かったわけだ。
………………。
そんなことは置いといて……何故天使がここにいる!? という驚きが優先だ。
…………?
天使「ここは学園から少し離れた林の中。あなたは無事よ。私が助けたから」
……!?
天使がオレを助けた? んな馬鹿な。
天使「その証拠に、あなたが強く抱きしめているソレも無事よ」
……? …………!?
こともあろうにオレは遊佐さんの戦線の制服とインカムを抱きしめていた。
はたから見たら絶対に変態と思われるだろう。
慌てて制服とインカムを持ち直した。
天使「あなた達がこの間から私をつけていたことも知っているわ」
…………。
なんでもお見通しってことですか……。
結局監視は無駄だったわけだ。
天使「あなたは自分を大切にしていなかったから気にかかっていたの」
………………。
天使「あなたは過去の記憶がないままそれを受け入れて適当な毎日を過ごしていた。それはあなたの友人も心配していたはずよ」
…………あなたのそういうところが………………嫌いです――――
…………。
天使「でもあなたは過去の自分を思い出したことによって自分を取り戻した。今あなたは満たされてない?」
………………。
確かに――――何かに満たされている。
今までとは全く違う感覚。
未練の一つもない高揚感。身体が軽くなり、今なら何だってできそうだ。
天使「なら、もう思い残すことはない?」
…………。
ああ、なるほど。
これが――――『消える』ってことか。
今まで想像したことすらないや。
こんなにも満たされてる感覚になるとは思いもしなかった。
なるほど、悪くない。
こんなにも清々しく満たされた気分になれるのなら、『消える』っていうのも悪くないのかもしれないな。
それもそれでまた一興ってことだ。
……。
天使「そう。ならあなたはここから消える事ができるわ」
…………そうするか。
もうオレの成すべきことは成したし、後はもう……。
???「駄目です!!!!」
……!?
天使「…………」
突如叫び声が響き渡った。
その声には聞き覚えがある。
しかし、これほどまでに大きな声を出せるとは想像もしたことなかった。
いや、想像できなかったと言ったほうが正しい。
遊佐「あなたには……まだやるべきことがあります……!!」
…………。
全力疾走してきたのか、少し息切れが目立つ遊佐さんはいつになく必死そうな姿だった。
遊佐「まだ……オペレーションは終わっていません…………それなのに……放棄するのですか……?
……………………。
遊佐「私は……あなたみたいな半端者が勝手に消えるなど……認めません……!! あなたは……これからも…………私の……パートナーです!!!!」
……!!?
瞬間、何かが吹っ切れた。
さっきとはまた違う感覚。
満たされるとは違う――――満足感。
希望もなかったオレに新しく現れた希望――――と言ってもいいだろう。
まだここにいる理由が出来たようだ。
…………。
天使に無言で問いかけた。
天使「あなたがそれを望むのなら、私は何も言わないわ」
そっけないような返事だったが、彼女は理解してくれたことが一目でわかった。
……!
そのまま身を翻して去ろうとした天使を慌てて引き止めた。
天使「まだなにかあるの?」
………………。
彼女の手にある物を手渡した。
【朝めしゼリー 麻婆豆腐味(激辛)】
ささやかではあるが、自分なりの礼のつもりだ。
断じてアレを処分してくれる人を見つけたとは考えてはいない…………多分。
天使「ありがとう。貰っておくわ」
遊佐さんに負けじと無感情な天使だが、どことなく嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか?
おぞましきハズレのゼリーを受け取った天使はどこか満足気な感じでこの場を去っていった。
これで良かったのだろう…………多分。
そして二人残ったオレと遊佐さん。
……………………。
遊佐「………………」
とても気まずい空気が漂っていた。
この場合、どう接すればいいのか全然わからない。
女子寮が燃えたり、焼け死にかけたり、天使に助けられたり、消えそうになったりと――――この短時間で目まぐるしい体験をしたので、頭が全然整理されてない。
遊佐「………………」
そんな矢先、遊佐さんは何も言わないままこっちに近づいて来た。
普通に会話できるような距離で止まったと同時に――――
パンッ!
……また平手打ちをかまされてしまった。
遊佐「これは私を心配させた罰です」
………………。
遊佐「あなたは馬鹿です。いくら自分を大切にしないとはいえ、捨て身であんな事をするなど、大馬鹿です」
…………。
一切反論ができない……。
至極真っ当な意見に反論する要素など一切なかった。
遊佐「ですから……」
……!?
遊佐さんはいきなりオレの腕を抱きしめた。
遊佐「あなたはこれからも私のパートナーになってもらいます。その間に私があなたを更正していきます」
………………!?
遊佐「これは決定事項です。ゆりっぺさんにも後で伝えておきます」
……!!?
遊佐「色々と責任……取ってもらい……ますので……」
…………。
頬を赤らめ擦り寄ってきた遊佐さんを、優しく抱きしめた。
Epilogue
…………!!
まさに不覚の二文字だった。
学園が休みなので、遊佐さんとどこかに遊びにいく約束をしていた。
世に言うデートというやつである。
無論ゆりっぺや他の戦線メンバーには内緒である。
そして今現在、オレは寝坊して完全に遅刻の待ち合わせ場所へ全力疾走中だ。
……!! ……!! …………!!!!
遊佐「遅いですよ」
……!?
一体どこから現れたのか、ふて腐れた顔をした遊佐さんが目の前に立っていた。
遊佐「先のオペレーションを終えた頃から、あなたはまたダメ人間に戻りましたね」
……………………。
遊佐「言い訳は必要ありません。それと、私の事は呼び捨てにするか、ゆっさゆさと呼ぶように言ったはずです」
……。
あのオペレーションが終わった後、大した戦果もなかったことにゆりっぺはご立腹になったものの、オレと遊佐さ……遊佐は同じオペレーターというポジションになった。
多分遊佐が根回しをしたのだろう。
それからは遊佐と付き合うようになって毎回世話を焼かれる毎日だ。
遊佐「それで、これからどうするのですか?」
……!?
……何も考えていなかった。
そもそも、この世界にはこの学園以外に何があるのかすらわからない。
遊佐「……また無計画ですか?」
またしても刺々しい遊佐の視線が突き刺さる。
……!! ………………!!
遊佐「本当ですか? 信じますよ?」
……!!
遊佐「……わかりました。しっかりエスコートしてください」
遊佐は腕を絡めてきてうっすらと笑みを浮かべて言った。
遊佐「これからも期待していますよ? 『なるようになるさん』?」
…………。
まぁ、なるようになるだろう。
そんなことを思いながら、遊佐と一緒に歩いて行った。
To be continued?

