先日Blueskyやミスキーでも投稿したものですが、とても大事なことだと思うのでブログにも載せておきます。
作業の隣で再生していた映画「ジュラシック・パーク」の1作目のワンシーンに生成AIに対する自分の認識が見事なまでに代弁されていたので、そのやり取りを抜粋しました。
作中では遺伝子を対象にしていますが、この論理自体は他の技術開発やビジネス、政治でも言えること。

目先の利益で暴走し、それが生活や社会において本当に必要なものなのか?どんなリスクが生じるか?を検証せず、採用ありきの杜撰な出来レースでそれを正しく評価せずに決定する。
結果、見立ての甘さが問題を起こし、状況が悪化しても保身に走って論理や倫理も破綻同然の歪な解釈で自分を正当化させようとする。
そんなの思考や認識が当たり前になってくると、やがて人格も破綻してしまう。
自分で自分を病気にしていまうという恐怖です。
結局自分にも誰のためにもならず、ただ環境を悪くするだけという本末転倒。
これも余談なのですが、アニメ物語シリーズの暦物語の5話「こよみウィンド」を観ていた時にも詐欺師の貝木泥舟さんが言っていた台詞にも心当たりのあるものがありました。
「怪談や流言飛語というのは、人心が乱れている時にこそ跋扈する」
「人心が乱れるというのは、つまり拠り所とするものが無いということだ」
「詐欺師に狙われるのは、現状に不満がある生活に余裕がない人間なのだ」
「不安に満ちた心というのは騙されやすい。嘘をつかれても検証する余裕がないからな」
「何でこんなものが流行っているんだ?というようなカオス状態を論じたいのならば、カオスの前の空白をこそ論じるべきなのだ」
「もしも訳のわからないものが流行った時は時代を疑え。何かがヤバいんだと思え。それは時代が暗闇に包まれているということなのだから」
正直、貝木さんが言った通り、論理や倫理観がぶっ飛んでまで生成AIという中身が訳のわからないものに盲信するこの世情は正にヤバいやつだと思っています。
このカオスが起きる前の空白とはなんだったのか?
当時の自分は己の創作活動に邁進している最中だったので、生成AIの存在を認識したのは周りが騒ぎ始めた頃合いでした。
昨今の世界情勢も貧困格差や移民問題、多様性と称した主義主張の対立などと不安定で混迷化している中でこのAIブームです。
その技術で誰でも社会や国の安全を脅かせるレベルの偽情報を作ることも容易い代物。
そんな悪性の因子と因子が重なるタイミングがあまりにも絶妙過ぎて気持ち悪さすら感じます。
著作権問題もさることながら、それ以上のテロみたいなヤバいのが起きそうな予感がずっとしています。
陰謀論を唱える気はないのですが、でもこれらの問題は自然災害と違って明らかに人為的なものが由来しています。
本当に勘弁して欲しいです。
自分はただ創作活動を楽しんで生きていきたいだけなのに。
この状況が一日も早く改善されていくことを望みます。
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